尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

小説を読む理由探してる人、ここにあるよ! ストイックなほどに下世話、登場人物みんなクズ  阿部和重:シンセミア

小説を読む読まないでいったら、自分は読む方だと思います。
ただ小説を読まない人の気持ちもわかります。面白くないものにたまたまあたってしまって、そのまま食指が伸びない。
読みたいんだけどね…みたいなこと言ってる人多い。そんな人に勧めるのが阿部和重の傑作「シンセミア」です。

コスパだのタイパだの言ってる人はおいといて、小説を読むことははっきり言って意味ないっすよ。文体合わないことも多いし、楽しくない時もけっこうあります。
別に面白くも役にも立たない行為をなんでやるのか。それは人生をそのものに意味が無いので、どうだっていいと考えている人は結構いるからです。えてして本が好き。

ちなみに面白さでいったらトップクラスに面白い小説だと思います。
私見ですが、現代日本で仕事をしているとビジネス合理主義人間になってしまいがちなので、私はバランスをとるために小説を読みます。こういう意味ならありそう。
ですがめずらしく読んでいる期間、この小説側にバランスが傾いてしまい、逆に仕事がおろそかになりました。自分に合う小説というのはこういう現象が起きます。

面白さのベクトルでいうとですね、週刊誌とかゴシップがもつ淫靡な面白さです。ネットで連合赤軍とか津山三十人殺しを検索するときの暗い悦びっすね。

いい小説の登場人物と言うのはけっこう高尚な悩みを抱えがちです(悪童日記は除く)。優秀な人間ばかり出てくると嫌になりますよね。だからなろう小説が流行ってしまうのよ。
安心してください。この小説は我々より低俗な人間しか出ないよ。セルフエスティーム欠乏症の対症療法としてもってこい。

ヤク中とヤクザと変態ばっかなんですよこの小説。頭のいい人間も出てこない。つまりですね、乱暴にジャンルでわけてしまえばこの小説は和製パルプ・ノワールなんです。
探偵小説のような腹立つナルシズムもなく、ただただクズたちがそれぞれの下卑た欲望のために踊り狂うという私が一番好きなものです。
それをエンタメに極振りするとウシジマくんみたいなことになるので、文学的な調整がなされているのも特徴。
アメリカだの天皇の隠喩だのいろいろと考える余地があるんだけども、そういう仕掛とかは考えるの好きな頭のいい人に任せて(消費主義)、この稀有な小説を楽しみましょう。
それにしてもキャラクター。人として下の下ですよみんな。暴力お薬をやることに葛藤がありません! みな道徳の授業寝てたんか(©金属バット友保氏)。
でもみんながみんなそれぞれの欲望に対してまっすぐなんですね。吉良吉影のように、最低な人間だけど自分の目的のために頑張る。

ただほとんどみんな死ぬので、これは自分の欲望に忠実に生きたら社会に殺されるよってことでもあります。
というか、読んでるうちに早く死なねーかなこいつらって感情が芽生える。その気持ちが大事です。「正義」という仰々しい言葉ではなく、「不正」に対するカウンターの気持ちというか。
アクティブなロリコンが当たり前のように出てくるで有名な阿部和重の小説ですが、この小説もロリコンが主人公格で出てきます。
そのロリコン(警官!)視点の章が一番表現が最悪な下ネタに振っているというか、映像化不可能なものばかりでこの物語が小説でなければならなかった理由がわかります。
要は性欲が行動の指針であって、全男性は言ってしまえばそうなんだけど、こいつにくらべれば皆遠回りである。こいつだけダイレクトにロリに行くので逆にすがすがしい。
AVでも無理な描写、所持したら捕まりそうな映像でも小説ならば大丈夫ですたぶん。

意味わかんないくらい俗悪ですが、こういう本があることに多様性とか面白みを感じます。世界は死ぬほど理不尽で滑稽なので、こういう本で遊んで見るのも一興、ってかんじでしょうか。