『押井の「イノセンス」という映画はだねぇ!引用でできているんだよ!そもそも押井映画と言うのはだね…』
と飲み会でいっちゃう押井スノッブ野郎には気を付けよう!
得しないから付き合いを考えたほうがいいよ!
そっと離れて孤独にしてあげよう。これから始まるめんどくさい会話を楽しめる気力があったら、ほかの人と話した方が楽しいよね。
押井守というのはクソ映画製造機というのが正しい。
押井守しゅき♡って言ってるやつは、押井守の映画をわかる自分大しゅき♡というの同義である。
押井守が好きと言うやつはマジでダメだ。
基本キショい。
すぐ哲学とか言い出す。東浩紀みたいな外見してそう。
「花束みたいな恋をした」みたいな押井守で大騒ぎするカップルは幻想だ。
私はリアルな友達とイノセンスの話をしたことが無い。
エヴァもそうだけど、入れ込みすぎているのだ。入れ込んでいる奴は総じてキモイ。
あまりにも熱量が乖離してしまうので、いわゆる「オタク」みたいになってしまう。
私は全部のジャンルで「オタク」と自称する奴が嫌いなんだよ。一番嫌いなのは岡田斗司夫だよ。
(むしろ好きな奴いるのか?全員気持ちわりいよ)。
消費のループ構造にがっちりハマってるやつらだからなんだよね。
あとこれは押井守の考えと全く逆なのだが、映画をコミュニケーションの道具にするのはなんか嫌いなんだ。
言ってしまえば、映画を使って言語スキルを見せびらかしているように思ってしまうからだ。
口下手で映画について話さない映画好きが存在するとすれば、その人のことは好ましく思うだろう。
とはいえこのブログでこれからめんどくさいことをダラダラ書いているので自己嫌悪はいつもしている。
孤独に歩め
悪を為さず、求めること少なく
林の中の象のように
いいですよね。
なにがってこの言葉が。ブッダもいいこというわ。
それ以上に、「引用」という行為そのものが。
ほんと押井守のイノセンスはクソやばい映画です。尖りが過ぎる。
セリフがほぼ「引用」で出来ている。
彼の最高傑作であると同時に、いまだこれ以上のアニメ映画は無いと思われます。
そもそも言語なんてもんはどっかからの引用、言ってしまえば既存のものの真似であって、コピーのコピーのコピーである。
人形というものはまぎれもなく「人間」のコピーであるし、子供というのは父母の半分ずつのコピーである。
そもそも私たちは、生まれたときから親など他者を無自覚的にマネして成長していくのだから、私たち自身に主体(一般的に考えられる、人の本質・根本)があるという考え自体が誤っている。(この考え自体ジャック・ラカンのコピーだよ!)
テーマ的には「人形も人間もコピーであることには変わらない、あと非モテは孤独になれ」
わたしがイノセンス~スカイクロラ当時の押井守にぞっこんなのは、
どこか人から離れていくような要素があるからです。一種の仙人的な。老子的な。
人間に興味なかったんでしょうね。今はただのスケベハゲオヤジ。
もうアニメで衒学的なことやられたらついてくしかないんですよ。
目が無いんだから。
性癖になっちまったんだよ。出典をあたるのが楽しくてしょうがないんだから。
「未来のイヴ」買いましたが? 結構高かったよ? 「独身者の機械」図書館わざわざ取り寄せで借りましたが読んでも何もわからなかったよ。
そもそもカフカの「流刑地にて」しか読んでないんだからわかるわけない。
映画初見はもう圧倒されました。なんせ何にもわかんなかったんだから。でも長い付き合いになりそうだな、って予感はありました。
消費して終わりっていう映画ではない。何回も見直してニヤニヤするのが楽しい映画ですよね。
もちろんシナリオの基本線は漫画版の原作から引っ張ってきているが、フィルムノワールの要素を足している。
映画の画としてのイメージは、フィルムノワールにアジアン(イスラムも)テイストも足している。
"押井守にとってコンビニは資本主義とか日常の象徴なんですかね。よーくこの人の映画には出てきます。
実写ならまだしもアニメでコンビニ出すのは作画担当に死ねと言ってるとしか思えない…
ていうかこの映画についてブログ書くのはなんかだるい。だってハイコンテクスト過ぎて難しいんですもの。
「語られる」というのを前提として作られた映画ってなんかね…
芸人の永野が、「中身がある人間はダサい」、と言っていたがなんとも映画にも当てはまる気も。
あーやだやだ。オタクは嫌だ。気持ち悪がられたくないから私はここで宣言します。
「イノセンス」は超ハイコンテクスト、初見お断りのスーパー排他的クソ映画だ!
作ったハゲ空手監督は反省しろ!(でも好き♡ 出るパッケージ全部買う♡)
ぜんぜんイノセンスの面白さを語り切れていない気がする。これ読んでイノセンス見よってなる人いるのか?
多分自分が映画を理解していないということ。理解というものはおおむね願望に基づくものだ。
そもそも押井映画というものはだね…(以下略