尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

名作文学をコメディとして読む勇気と松本人志との接続について フランツ・カフカ:変身

 

チェコの天才作家フランツ・カフカで一番有名な作品「変身」。私もカフカで一番好きな作品です。
調子乗って初めて読んだのは中学生のころ。

新潮文庫夏の100冊には感謝してもしつくせない。

ほんとにあのころ読んどいてよかった。
その時はカフカ「変身」カミュ「異邦人」で、「カ」で始まる不条理文学の人二人、みたいなイメージを持ってた。ていうかおっさんになった今も変わってない。
どっちもいまだに大好きなのだが、先に読んだ「変身」。

なんか面白かった覚えがある。

 

カフカは乱暴に言ってしまえば世界的文豪で、寓話的な作風から深読みの対象になる。

ちょっと待って。カフカは「変身」をコメディだって言ってるらしいじゃん。ここは一発文学なんてわからんアホになりまして、
松本人志の「トカゲのおっさん」みたいな、悲しすぎて笑えるって類のシンプルな面白話としてこの中編を読むのもアリなんじゃない?

そりゃひきこもりとかシュールレアリスム文脈とかいくらでもあてはめられるよ。
でも俺がおもしろい、と感じたのは、虫になった主人公の死因が、「父親にリンゴをぶつけられてその傷が徐々に膿んでいってくたばる」というグロい部分。
悲惨すぎて面白くないですか? 愛していた家族に冷遇される主人公、悲惨面白くない?

カフカはこれ読んでシンプルに大笑いしてほしかったんじゃ? と仮定してみる。
父親がずっとビクビクしている自分の自虐ネタにもとれるし、部屋から出たくないみたいな共感の笑いもある。

虫に変身したのはいわゆるつかみで、家族に臭いものにはふた的な扱いを受け、虫だから生ゴミをうまいと感じてしまい自分が情けなくなるとこなんかマジで笑える。
カフカが「表紙を虫にするな」と言ったのもうなずける。大事なつかみだ。読者なりの気持ち悪い甲虫を想像してもらった方がいいし。いいっていうのは笑えるかってこと。

そもそもカフカは残ってる友人への手紙から読み取れる通り自虐ネタの王である。

ネガティブ芸の頂点で芸風は宮下草薙と一緒である。
根本にあるのはシュールな笑いで、今キングオブコントとかに出しても通用するだろう設定だ。(とがりすぎてて男にしか受けないけど)
そういや短編の断食芸人なんてオチは落語だ。断食芸人が腹減って死ぬ間際に、「自分にあった食事をみつけられなかった」っていうのは、正直笑かそうとしてるとしか思えない。
「城」もダラダラ長くて結局城にたどり着かず未完になるところ自体がギャグに感じる。「長くてしつこい」ことが強烈な面白さにつながるランジャタイ的な。
その方向の笑いの回路が開いて無い人だと一切面白く感じないのだが。

要は「変身」は一発の大爆笑を狙ったものなのでは? なんて思うわけです。
(マジでカフカを研究していて理解している人、ごめんなさい)

だって朗読会でカフカは爆笑しながらこれを朗読したっていうらしいじゃん。

スベったらしいけどさ。

 

おとなしくてめったにしゃべらないやつなんだけど、内心で高度な笑いとサービス精神を秘めている。隙あらば繰り出そうとタイミングを狙っている。そういう人が一番面白い。
ほんとにセンスのある人は孤独になる。カフカは間違いなく、周囲から浮いてしまうほどの感性の持ち主だった。その分ちょっとでも理解されたら死ぬほどうれしいはず。


自分の作ったものを「なにこれwww」って笑って欲しい気持ち。

作品を介してちょっとしたコミュニケーションが発生するその瞬間、そのうれしさ。

センス無い俺にも若干わかるぞ。カフカ。わかるよ。わかるよー!