尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

ダメ人間の見本市 筒井康隆:家族八景

突然ですが、わたしはダメな人間を見たり聞いたりすることが好きです。

ダメ人間のことを考えるだけでわくわくします。
自分がダメなのでダメな人がいると共感します。
わたしのダメな人間のなかで好みのタイプは、自分同じタイプである怠惰で人間ぎらいな性悪な人です。
そういう人が創作作品に出てくるとこの上なく共感しますし、酷いことをしたり言ったりすると笑ってしまいます。
たいてい、悪役だったりします。
逆に嫌いなタイプは、元気が良くて、リーダーシップがあり、みんなの人気者的な主人公タイプです。
もしそんな人がいて、この作品を未読だったらぜひ読んでみてほしいのです。

筒井康隆はダメな人を書くのがじょうずです。

この「家族八景」は、心の中を読むことができる「テレパス」の超能力を持った火田七瀬という女中さんが主人公の短編集です。
続編に「七瀬ふたたび」、「エディプスの恋人」があり、「七瀬三部作」なんてカテゴライズされてます。
この作品で直木賞を逃して、ずっと文句たらたらなのが面白いですね。よほど自信あったのでしょう。
七瀬は様々な家庭に女中として派遣されては、トラブルに見舞われる不幸体質の女の子です。
この作品の面白いところは、テレパスを利用して得をするのではなく、七瀬は徹底的に損をし続けることです。
七瀬三部作は、テレパスと言う能力のせいで七瀬が酷い目に遭い続けるお話なのです。

肝は、七瀬が登場人物の思考をすべて把握することによって、人間の醜い本音に苦悩しまくるところです。
主人公はおまけにとびきりの美人という設定なので、まあまあの確率で男性が七瀬に対して性的な妄想をします。それがいやでも聞こえてしまう。
七瀬は男と相対する時、常にセクハラを受けている状況なのです。(そこがまたいいのです)

作中では括弧に囲まれてキャラクターの本音が七瀬に伝わってしまいます。

セリフとは裏腹にすさまじい思考をしている場合がほとんどです。


下記は些細なミスを犯した七瀬に対しての雇い主の一言。

 

「あら。もっと小さなウイスキー・グラスがなかったかしら。それ、シャンパン・グラスよ。」(白痴。田舎者。)


理不尽な罵詈雑言と言うのはおもしろいものです。

七瀬も慣れてしまっていて、この程度ならもうショックを受けないのがまた健気。

人の本音と言うのは醜悪この上ない。

滑稽と言うレベルを超えて嫌悪感をおぼえるのです。

それが楽しいのだからじぶんでもようわからん。
男性の本音は気持ち悪いですが、女性の本音もえげつない。

七瀬が夫の歓心をかって嫉妬の対象になるパターンでは、とてつもなく邪悪な罵倒をくらうのです。
外面は優しかったりするので、本当に七瀬がかわいそうになるのです。。。それが楽しいのだからじぶんでもようわからん。

こういう趣味の悪い娯楽はなんというか。レディコミとか。デビルマンとかエヴァとか。人間の暗部を喜ぶ性癖の人って多いのでしょうね。
海外の映画では結構見かける気がする。ラースフォントリアーとか、ミヒャエルハネケとか。

ラスト、七瀬はあるキャラの怨念に近い内容の心の声を怯えながら聴き続けます。

ひっでー終わり方……と言う感想。でもおもしろい。

内容が本当にえぐいのだけでも、良くも悪くもキャラクターが昭和的ステレオタイプなので令和になってしまった今、どこかファンタジックかつ滑稽で、それもまた新鮮なのでございます。

醜悪な人間フェチはぜひ、読んでみてください。

 

 

家族八景 (新潮文庫)

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