わたしはこの映画の雰囲気が大好きである。超好き。好き好き大好き。
映画における「雰囲気」。いい加減なことばだけどそれが正しい。
ネットに永遠に残るから宇多丸の批評能力の限界を示し続ける映画。宇多丸とは結構波長が合うんだけど。
この映画ではまったく一致しない。個人的にこの映画をどう語るかで映画評論家の試金石となっているかも。
この映画を批判するのは、エンターテイメント大好き人間であることが多い。そして人類の95%がそうだとおもう(もっと多いかも)。押井守が初めてマーケティングを意識した映画の癖に、「エイリアン2」とか「マッドマックス」が好きな評論家たちは、この映画を退屈と断ずる。
退屈なのは当たり前だよ。退屈で何がわりいんだよ。
押井守の映画だぞ。宮崎駿じゃないのよ。
そして私は押井守が映画監督の中で一番好きである。信者で原理主義者。(ただ「ガルムウォーズ」は死ぬほど嫌いです。ほめるところの無い駄作。あらゆるコントロールが失敗しているとおもう)
音楽が醸し出す。キャラクタ(森博嗣並感)の表情。メインビジュアル。テーマ。画面の情報量。エトセトラ。
巷で言われているのはこの若者のどんづまり感とアパシーを的確に表しているということ。
まず押井守は「これは私が初めて若者に対して何か伝えたくて作った作品である。」と言いましたが嘘だね。あるいは自己欺瞞だ。そういう監督になりたい、という願望でしかない。
今までは自己満足の為のオナニー映画だったが今度は違うみたいなことを言ったが嘘。笑っていいとも!に出てタモリと薄っぺらな会話だって俺は出来るんだぜ、ってアピールしても無駄。バレてるよ。あなたはそういう大人になれない。
これはマーケティング的なサービス。あるいはこうしたい、とスタートして失敗した。
この人は自分の思想(理屈、論文、嗜好)しか書けない。プロに徹することができない作家なのです。
最近は三池崇史に興味がある、なんて言ってるけど無いものねだりだから。「天たま」とか作っちゃうあんたには無理だから。
ウェルメイドな作品を量産する映画監督になりたくてもなれない。いくら憧れても無理。
もともとがオタク気質なんだから。我々のような同種のキモい奴らにしか理解されないのがそんなにつらいか。辛いよな。キャメロンとかルーカスに認められたのにまだ足りんのか。
押井守は、理屈が常人には理解できないほど質と量ともに豊富なめんどくさいオタクで、人間にも若者にも興味が無く、嘘つきで、頑固なクソオヤジ監督。
いいから黙って自分そのものの表現をしてください。後輩の庵野はちゃんと開き直ってるぞ。自分は子供のままだって。宮崎駿とも生きてるうちにもっと喧嘩して。面白すぎるから。
って結局それしかできないんだけど。ヤンキーに憧れる高学歴男子をジジイになってもやるんじゃないよ。
そしてここで描かれる恋愛は限りなく大人(中年)っぽいこと。見た目が子供なだけ。自暴自棄気味な恋愛の仕方。それを周囲の家具やドアを大きくしたりタバコを吸わせまくってまで強調した「子供」というアンバランスなルック。
セリフの端々に現れる諦念、希死憂慮。
そのどれもがいちいちわたしに刺さるんだけど、雰囲気はもっと別のところにあるような気がしてならない。
アニメーションの芝居のクオリティの高さ。能面のような無表情の癖にこの映画で人物の手は良く動く。本当に手が良く動く。手なんてマンガ家でも描きたくないのに、アニメでがっつりやってる。たばこを吸う時の仕草の細やかさ。たばこを吸う人間を見たことが無い人はあまりいないだろうから、その仕草は過去の経験を呼び起こす。画面がしっとりと生っぽくなる。
メインテーマと共に流れる日常。そのワンカットワンカットが美しい。積み重ねが美しい。
大好きだ。所謂押井守的な「ダレ場」もあるのだが、大好きなシーンだ。
その後に日常は最も繊細なキャラクタ(森博嗣並感)である三ツ矢によってにわかに崩壊し始める。
なんというかすべてのバランスが神業の映画だとおもう。さすがアニメーションの臨界点を明らかに超えた「イノセンス」の後の作品だ。コントロールが行き届いている。(同監督の実写は全く行き届いておらず、偶然撮れたものを楽しんでいる)
この作品には宮崎アニメの様なわかりやすい「動の凄み」は感じられないが、ディテールのすさまじさが総合的な「静の凄み」を醸し出している。一級品の芸術だ。途方もない感性と労力がつぎ込まれている。ゴージャスだ。美しい。
この映画わたしには刺さったよ押井守。これ以上ない程に刺さった。ミームを受け取った。後戻り不能な傷をつけられた。同じ路線で彼が映画を作ることはもう無いのだろうか。
となればフォロワーがいることを祈る。人頼みはあまりにも情けないので、そして自分も力不足ながら彼のようになりたいと祈る。
「いつも通る道だって、景色は同じじゃない。それだけじゃ、いけないのか」
I kill my father.
草薙水素を救ったカンナミは男。
女を守り、システムに敗北するのが男。生きてシステムを少しずつ変えていくのが女。いいねぇ。
最後にカンナミはメンヘラ女二人救って自分は死ぬという男の中の男。こうありたいものです。
自分は体調が良かったり、天気が良かったりするとこの映画を観がち。無意識が選んでしまう映画だ。もっとこういう映画に出会いたい。そのために生きてるようなもん。