尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

一分のスキも無い超上質映画 PTAは天才だ ポール・トーマス・アンダーソン:ファントム・スレッド

私は恋愛映画が苦手だと自認してますが、よく考えたら、オールタイムベストのファイトクラブ羊たちの沈黙風立ちぬイノセンスもみんなサブプロットが恋愛映画だな、と最近気がつきました。
この映画は恋愛がメインプロットですが本当に素晴らしいよ。万人におすすめ。Amazonレビューとかでは人を選ぶとか書いてあるけど。もしかしたら共感できないという理由で女性は案外無理かもしれん。男向け恋愛映画かも。
この映画の画作りや音楽や演技の上質は誰がどう観たって分かるでしょ!そんじょそこらのいい加減な映画じゃないぞ!PTA様やで!

ソフトペダル踏みっぱなしの抑えたピアノが印象的、音楽担当は、「creep」が気に入らないから爆音のブラッシングを前ふり無しにぶち込んだことでおなじみ、レディオヘッドのやばい方のギター、ジョニー・グリーンウッド!マジでこの人も天才だな!映画の劇伴ほど才能が必要な職業はない(と思う。予想)。最大に貢献したのは俳優陣では無くこの人です。
雰囲気ダメ映画の「ノルウェイの森」をなんだか音楽の力で強引に質を上げてくれたのをおもいだす。下手な俳優の瑕疵をすべてごまかしてくれた。水原希子はいい感じの画と音楽の中に自分をぶっこめていい思い出ができた。


映画の大半が狭い部屋の中でも、退屈にならないのは画面レイアウトが秀逸だから。とにかく画面と演技の情報量が多い。セリフは少なくとも無駄がなく、基本的には演技と演出で物語がドライブする。
まさに映画。これぞ映画。見応えがありすぎて目が離せない映画は久しぶり。豪華だよ。贅沢だよ。
いちいちレイアウトが見事。陳腐な表現だけど絵画のよう。ノーランばりのフィルム撮影。光の作り方が天才的。

支配のパーセンテージを荒療治で調節する話です。がっぷり四つの相撲。実は恋愛映画の皮を被ったバトルものであり、最終的にはやってることが喧嘩稼業じゃないか、ってくらいです。屍だ。
オートクチュールのデザイナーのおじさんと田舎娘が出会って恋していろいろする。そのいろいろが結構特殊。前半は「マイ・フェア・レディ」っすね。
オープニングがとにかく秀逸なのでアマプラで最初10分だけでも観てみたらどうかしら。
朝の時間がパーフェクトじゃないとその日1日が全部狂うってのはよくわかる。朝の時間が一番アウトプット出来るから会話もしたくないみたいな。
ザコン+アーティスト気質+ジジイって三翻でも70符で満貫ですね。金持っててイケメンでもふつう相手しないよなー。
レイノルズの言動がブレブレで一貫していないのがまたアーティストとしてリアル。こういう一貫しないキャラを作るのは怖い。
女子サイドはまさに小田原攻め。長期戦覚悟で手段も選ばず。レイノルズに隠れてアルマの方もヤバさがところどころ噴出してます。
自分でも言ってたけど、こんながっつりイギリスな映画をロサンゼルス出身のPTAが撮るとはね。
子供作ってどうのこうのは、すでにデザイナーとしての旬は終わりってことでしょうな。つまり天才作家としては死んで平凡な父親になった。松本人志じゃないけど、いちばんキレキレだった時は終わりで老醜をさらすのみ。

私は同じ男性としてレイノルズに共感してしまいました。このクソわがままで上から目線のジジイが好きでした。アルマにクソくだらねえサプライズをされて、好みではない料理を作られて、「気を遣って喜んでいるフリをすることは可能だ、しかしそれをする人間になりたくない」なんて、まさに本音中の本音。女とのコミュニケーションは基本つまらんからいらねぇよ、とでも言いたげ。最高ですよ。

そんな愛すべき偏屈マザコンジジイが……なんてこった、恐ろしい。男にとって最も身近に起こり得る悪夢だ。
才能と時間を使ってせっかく作り上げた理想の日常。若い女のいいところだけ抽出し続けられる日々。それが終わってしまうのだ。
"Kiss me, my girl, before I'm sick."は超名ゼリフ。鳥肌が立ちました。その瞬間、悲劇のFFのラスダンかってくらいの劇伴よ。ああ……勝負あった……そんな……と脱力したくなるような。決まり手は寄り切り。

あとこの映画って全くと言っていいほどエロが無い。題材的にはもっと取り入れることができたはずなので、意図的に排除されているといってもいいでしょう。
身体のサイズ測ってる時も姉同伴だし。エロを期待したアルマが肩透かしって感じでちょっと面白い。
PTAはエロに対して淡白な感じがしますね。大仰に取り扱わないというか、ビジネスライクというか。好きでも嫌いでもないよ、みたいな。そこもいい感じです。

こういう人間関係におけるタイマンを描いた作品は大好物です。隠喩が多いと更に良し。この作品が気に入ったら、藤野可織芥川賞受賞作「爪と目」なんかいかがでしょうか。ホラー+タイマンものとして同じカテゴリな気がしないでもない。
ほんとうにいい映画。やっぱPTAは神ですね。

 

 

ファントム・スレッド (字幕版)

ファントム・スレッド (字幕版)

  • 発売日: 2018/11/07
  • メディア: Prime Video