尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

無視されがちな恋愛要素にこそ司馬イズムの真骨頂 司馬遼太郎:燃えよ剣

 

燃えよ剣(上) (新潮文庫)

燃えよ剣(上) (新潮文庫)

 

 

 永遠に消えない新選組ブームの種火であり、沖田総司を天才美青年剣士にしてしまった業の深い作品。フォロワーは数え切れず。土方×沖田カプ等の天照で永遠に焼かれ続ける腐女子は多い。主に銀魂大島渚のせい。
そんなことはどうでもいいんですがその前に、娯楽小説としての大大大傑作であることに間違いない。
軽く自分語りをしますが、わたしはこれを中坊の時に読んで無事中二病を発症した。幽白の飛影でもギリ耐えたのに。
ハマりすぎて新潮文庫版上巻の表紙を拡大コピーして部屋に貼り、ポスターとした。文庫本の表紙だよ。マジだよ。母はちょっとひいてたよ。
ボロボロになるまで読んで文庫本は2代目。いつでも読みたいからkindleでも購入済み。


 なにがいいかってさぁ、さっきいじったジャンプマンガより少年を熱く燃え上がらせるんだよ。漫画以上に漫画なんだよ。(描写やセリフにケレン味があるといいたい)
自他ともに認めるダウナー系男子だった自分がだよ?
部屋に燃えよ剣って文庫の表紙拡大して貼ってんだよ?オレやばくない?エヴァによって下がったバイブスをアゲアゲにしてくれんのよ。

 魅力がさっぱり伝わってないと思うので冷静になります。

 この記事で言いたいのは、よく語られる新選組の中二的な魅力とか、幕末のドラマ性ではなく、お雪というキャラクタについてです。ひいては、エンタメ小説の恋愛要素について。
あまり語られることは少ない。大体は沖田総司とか斎藤一などのあくの強いキャラに話が及ぶ。
土方歳三の恋人役として登場。実在せず、司馬の創作です。つまり作劇上必要だったということ。
組織論だったり戦術論だったり要素はありますが、華を添えてくれるのがお雪さん。私の理想の女性です。好きです。愛してます。
創作作品において恋愛要素をどの程度取り入れるかというのは一つのテーマだけども、本作においてパーセンテージでいえば5%無いくらい。そのほかはひたすら男臭い殺し合いと政治です。
"個人的には、理想のバランス。まったく恋愛が無いのでは色気に欠ける。このくらいのパーセンテージで混じるとその部分がスパイスとして効きまくり。
恋愛をメインテーマにしてしまうとどうしても作品のスケールが小さくなるからね。
(需要はあるっぽいけど。新選組の恋愛やら日常系なんて漫画や同人に腐るほどある)"
司馬遼太郎の恋愛描写としてもう一つおすすめなのが「花神」です。大村益次郎シーボルトの娘であるイネの関係描写がまた秀逸。


 大好きな場面がある。歳三とお雪の何気なーい会話。江戸に用があってお雪に用事があるか、と尋ねるシーンです。
舞台は京都、お雪の家を訪ねる歳三。庭の紫陽花を縁先で眺めながらの一幕。

 

 

「どこかに言付(ことづけ)はありませんか。お雪さんのためなら、飛脚の役はつとめます」
「たたみいわし」
と不意にいって、お雪は赤くなった。白魚の干物で、今日にはないたべものである。
「たたみいわし?」
歳三は、声を出して笑った。

 

 

 お雪の好物。それはたたみいわしです。江戸に行く土方に土産をねだるところがかわいい。顔を赤くしながら言うのがかわいい。今まで割と気丈なおねえさんって感じだったのがこのセリフで印象が覆る。わたしもひっくり返る。全ラノベ作者が見習う点が司馬にある。

 


「お雪さんは、あんなものがすきですか」
「だいすき」

 

 

こういう男の琴線に触れるようなやり取りを、漢字だらけの血生臭い話の中に、ぽんと入れてしまうところに司馬の魅力がある。めったに笑顔を見せない鬼の副長である歳三のギャップもまたいい。

わたしはこのシーンが好きすぎて、いまだに居酒屋にたたみいわしがあると頼んでしまう。
"この後なんやかんやあって二人は結ばれるのであるが、直前にこんな会話があると二人の接近に説得力を持たせることができる。少女漫画でもなかなかこうはうまくやれない。エンタメの達人はどんな描写でもうまいのだ。


 それに司馬作品はかなりエロい。そもそも本作は冒頭から土方が夜這いを仕掛けるシーンから始まるし、モテる男が主人公だから性的なシーンが多めだ。
司馬史観だの余談連発だの文体をいじられることが多いが、性描写にも注目してほしいのだ。戦う男には死の匂いがつきもの。そういう男はエロいのです。"
死を覚悟した男は余計なことを考えたり喋らなくなるので、雰囲気が出るのでしょう。映画「ワイルドバンチ」のザ・ウォークという有名なシーンがありますが、歩いているだけなのにひたすらかっこいい。
この時代に居た「男の典型」を書きたかったと司馬は言う。男とは一貫した信念を貫くもの。そこに恋愛要素はありますが、優先順位は残念ながら低いのです。この後は一度会っただけで歳三は戦争ばっかり。
 そこに女の健気さや愛おしさがある。理解し、包み込む気高さがある。物理的な距離がありベタベタしない、通信技術が発達していつでもどこでも連絡がとれてしまい、かつお互いの考えをぶつけ合う西洋的な恋愛観が日本を支配する前の、配慮と気高さに満ちたどこまでも清潔な恋愛です。ましてや読者は土方が若くして戦死するのを知っている。悲恋に終わるのは決定事項です。
 もちろん中坊の時の私はこの貴重さに気づかなかった。当時はメールという通信手段の登場が恋愛のプロセスを大きく変えてしまったタイミングでした。

 

 

新選組副長土方歳三
小説の終盤も終盤、そう名乗って歳三は官軍に単騎で突っ込んでいく。官軍は白昼に竜が蛇行するのを見たほどに仰天する。その瞬間、一斉射撃を食らって絶命。

土方歳三新選組というのはある種のレガシーシステム、古いバージョンである。システム屋ならわかるだろうけど、巨大なシステム程バージョンアップは痛みを伴う。明治維新で痛みの最前線に立ち続けた男のものがたり。
桜を愛する日本人はそういったものに美しさを感ずるのは間違いない。当時の恋愛の美しさも、小説に一部残っているだけで絶滅しつつある。

罵倒と差別の快楽 村上龍:愛と幻想のファシズム

 傑作であり衝撃作です。
高校の時に読んで以来ずっと自分の中でベスト小説。次点で町田康の「告白」が続きます。
ずっと考え続けなければならないし、わたしの人生について回るハードルというか障害というか。これに触れない限りこのブログは始まりません。私の創作も始まりません。
なぜこれまで惹かれるのだろうか? 刺激的に感じるのはなぜ? 文体や描写の情報量の影響かしら?
ずっと考え続けているんです。なぜだ?マジでなんなのん?

 村上龍のもっともノッている作品のように思えます。彼が初めて世を牛耳るシステムである「経済」に相対した小説です。
"主人公鈴原トウジはハンターで、弱者が大嫌い。この場合の弱者とは、反自然的な経済システムの中に安住している弱体化した人間のことです。野生を失い、
果ては自分で考えることができなくなった弱者。トウジは彼らを徹底的に攻撃します。というかしっかり殺します。その描写が大胆、具体的かつシステマチック。まあキモチイー。"
エヴァの関西弁ジャージ野郎のネタ元であることはいろんなところでこすられてますね。エヴァと愛と幻想のファシズムの関係はスキゾ・エヴァンゲリオンに詳しいのでみんな読もう。)
この人のまあ魅力的なこと。眉目秀麗の29歳、単身アラスカにわたりバイトしながらハンター修行。幻のエルクを捕まえるなんて抽象的な目標掲げてとんがってます。
そんな人が、ゼロという悩める芸術家気質の実業家に出会い、「狩猟社」という政治結社を立ち上げる。弱者に厳しい日本を作るために、冬二はカリスマと暴力で独裁者へと進んでいく。
"ファシズムは悪い思想ではない。ヒトラーは好きだ。などの一般社会においてタブーとされていることをこいつは平気で吐きます。正直私も同感です。
ホロコーストや侵略行為に関してはマジでないと思いますが、ヒトラーの経済的、医学的功績を見逃してはいけない。また広義のファシズムは思想としてはありだと思ってます。初のブログエントリがこれってやべえかな。とにかくリーダーシップに関しては日本の大本営よりナチスのほうがはるかにマシだよね)"
わたくしはエヴァからこの小説に入ったクチですが、
"最終的には日本的な民主主義が機能していないので大嫌い、というところと、大衆嫌い、という部分が琴線に触れているのだということなのかしらん。
あ、このブログは基本的に気持ちよくすっぱりと結論がでることは少ないと思います。なぜだかわからんがスキ、きらい、などの着地になることが多そう。なんか無能感あふれてていやだな。
でもしゃあない。不確定性原理というものがこの世にはあるのだ。

 

偏愛的「愛と幻想のファシズム」セリフ集 

※もはや私の血肉と化しているので、リアルでも使うかもしれない。でも内容がまずい。これでは世間とやっていけんわ。

・「バカ野郎、俺はスコッチしか飲まないんだ」(トウジ)
ゼロと出会ったときのセリフ。カナディアンクラブおごられているのにバカ野郎はねえだろ。なんかかっこよくて好きです。

・「真実っていうのはな、あんたみたいな未熟児は昔ならみんな死んでるってことだ」(トウジ)
"狩猟社のCMを作ることになる、未熟児の映像作家に対して吐いた暴言。超差別的発言だけど、笑っちゃうしかっこいいんだよなぁ。

魅力を感じてしまうのは、差別と暴力というのは、根源的な快楽に根ざしたものであるということです。


この後こいつの彼女の容姿を中心に徹底的に貶めて、そのあとアメとムチ的に慰めます。ブサイク同士はは子供を作るな、みたいな。

ちなみに私事ですが、この作品に思い切り影響を受けた小説を書き、ハヤカワSF大賞に応募して一次で落ちてます笑 若書きとはいえまあまあ好きな作品なので、いずれ手直ししてどっかで発表したいです。

関連作品
・コインロッカーベイビーズ(トウジ、ゼロ、フルーツという男2女1の主人公グループは、本書のキク、ハシ、アネモネの構造と一致します。これまた名作中の名作。みんな大好き村上春樹を覚醒させたことでも有名)
・インザミソスープ、半島を出よ(これも村上龍。日本人批判という意味合いで。どちらも面白いよ。特に半島を出よは熱と情報の量が異常。)
新世紀エヴァンゲリオン(親殺しのテーマを本書から引っ張ってきたらしいです。父を殺して母を犯す、ギリシャ悲劇だよ。創作者は神話的な物語論からは逃げられない。庵野秀明は小説はつまらないですけどね、なんて嫉妬気味の強がりを言っている。ちなみに師匠筋の宮崎駿も本書は読んでいるらしいよん)
・キーチ!(漫画です。独裁者、というテーマが一緒らしい。友人に勧められましたが、濃すぎる絵が苦手で未読なんですの、いつか読みたいです)

 

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

 
愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫)

愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫)

 

 

 

〇会社をやめました
"このブログは評論と自分語りの二本立てにしようと思ってます。でも自分語りの部分は恥ずかしいしつまらないので、あくまでおまけで、ボリューム少なめにしたいです。
弁当に入っているまずい煮物みたいなかんじで処理してください。あくまでメインは評論です。(批評、と言いたいけどまだむり)"
"表題の無職宣言ですが、2月15日で勤めているITの会社を辞めます。自分を追い詰めるためにやむを得ず、という感じです。文筆業でくっていきたいなあ貧乏でいいから、という思いは中学くらいからずっとありましたが、いい加減なんとかしないといけん。ちゃんとした作品を発表せずにいると、死ぬ前に後悔することになるやもしれん。ということです。
私は根っからの内向的怠惰人間嫌いで、人と会うのは嫌いではないのですが、オフィスに数時間いるだけでただでさえ少ない精神的エネルギーをごっそり持ってかれるのです。
会社に行くと帰ったら疲れ果てており、小説や脚本を書くモードになかなか入れません。そんな自分がいやすぎて、やめました。作家になる目的の一つとして、人とかかわりたくないという下心もあります。(一日中だれとも会話せずに済んだら、どんなに幸せか・・・)"
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生活保護にならぬよう頑張ると決めたのだ。そうきめた。