尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

日本のSF小説はほんとうにおもしろい。 伊藤計劃:虐殺器官

 

 

天才の所業です。

 


日本のSF小説の潮流を変えてしまう程の魅力を持った作品です。はてな民の方には釈迦に説法の気がしますけど、ほんとうにすきなんです。許してください。
このブログも著者の映画ブログ『第弐位相』に影響を受けて始めたものです。(このブログより千倍おもしろいよ)
伊藤計劃はわたしの人生にむちゃくちゃ影響を与えた人で、小説を書き始めるきっかけとなった人でもあります。

 

舞台は近未来のアメリカ。米軍兵士であるクラヴィス・シェパード大尉は特殊検索群i分隊という、暗殺が任務の部隊に所属している。母の死や世界に頻発する独裁者による自国民の虐殺、メンタルケアの発達により子供を殺しても何も感じない自らの心、など様々な頭痛の種を抱えつつ、虐殺が起きる地域に必ず姿を現すアメリカ人、ジョン・ポールを捕らえるためにクラヴィスは今日も頑張る。心に蓋をしつつ……
みたいなあらすじです。
文体は作者も公言しておりますが黒丸尚の翻訳調にかなり影響を受けています。ギブスンとかスターリングでしょうな。
ルビ振りまくり。ここで海外SFを呼んだことが無い人は若干の違和感を覚えるけども我慢。


SFやハードボイルドに合う乾いた印象です。黒丸さんの訳でいちばんすきなのは、ニューロマンサーで作品のコアとなるAIのなまえ”winter mute”を、『冬寂』と訳したとこですかね。HUNTER×HUNTER感先取り。粋だね!"
わたしが最も評価するところは人文哲学(カフカ)、社会学(経済、歴史)、科学(生物学、言語学)大衆文化(モンティパイソンや映画、頭文字D))
教養としてほしいところ全部網羅しているところでございます。いわゆる知的好奇心が性感帯の人はもれなく絶頂するのです。(別に嘘でも構わない)
はっきり言ってね、日本の文学はその他の学問に弱い。あまりにも情緒的に過ぎる。エンタメや表現に振りすぎている。
総合的な教養を摂取できるのは村上龍京極夏彦ぐらいです。

そんなおもしろ知識小説であるにもかかわらず、戦闘描写は抜群。エンタメとしても素晴らしすぎる出来なのです!!!
シネフィルである作者特有のバランス感覚なんでしょうね。

 


欠点としては、筒井さんも指摘していた部分で、メインアイディアである「虐殺器官」そのものの根拠が薄い。おそらくチャック・パラニュークの「ララバイ」が元ネタでしょうが。そこさえ目をつぶれば、まあ良くできた小説です。100点満点中99点。これ以上無いくらい。

あ、映画は全体的に微妙でした(脚本における情報量のコントロールが難しかったね)が、インドでの市街戦でドローンを使った戦闘シーンは素晴らしい。ていうかこういうテクノロジーでやんちゃした市街戦もっと見たいよ。ブレードランナー2049でラブちゃんが使ってたドローン空爆とかさぁ。中国映画が先にやっちゃうかもよ?メタルギアの映画で観れるのかしら。
サー・リドリー・スコットブラックホークダウンにUAV使ったらこうなる。

トランプ大統領の出現を予言しているような作品です。ほぼ就任と同じタイミングで映画化したので本当にびっくりしました。湾岸戦争、9.11、イラク派兵、トランプはひとつなぎのワンピースですね。

 

 

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 表紙は前のデザインが良かったなあ。(神林しおり感)