尾見怜:五〇九号分室

小説・映画・音楽の感想

世界の全体最適の加速と個人 あと唐突な暴言がおもしろかった  上田岳弘:ニムロッド

平成30年下半期芥川賞受賞作品。
書店で衝動買いして二日で読みました。いやーよかったですね!最初は上田さんどうしちゃったんだ?っておもっちゃったけどね!
芥川賞は純文学の新人賞なのでSF作家はなかなかとれません。近年では円城塔ぐらいかな?
好みに合わない作品がとることがおおいのですが、これはよかった。芥川賞では個人的に「コンビニ人間」以来の大ヒットですね。こっちはあんまり売れないかもしれないけど。
普段本読まないIT屋達が買っていってほしいですね。

前半は正直退屈です。怒りさえおぼえました。おしなべてナイーヴな登場人物の配置と、ビットコイン入門みたいな記述がた・い・く・つ!

まあITには縁遠い芥川賞審査員たちに忖度したのでしょうか。
ちょっと丁寧すぎる気もしますね。
良くも悪くもバランスに気をつかってる感じは見受けられますね。上田岳弘は初手からぶっ飛んだ描写の作品も多いので、すかされたかんじ。なんかほんと器用だなぁ。
wikipediaや個人のブログみたいな文体を採用した部分と普通の一人称が交互に出てくるので、なかなか本書の構造をつかめないきらいはあります。その予測不能な変化を楽しみだしたタイミングが中盤できましたね。
リズムに慣れてグッとハマれました。
舞台はIT企業だったり高級ホテルだったりするので、ビジュアルイメージは非常に都会的でプチブルジョワな感じすね。出てくる人みんなが定時上がり出来ているのがまたホワイト企業働き方改革

この構造はシームレスな現代人の情報に対するリズムを表現しているようです。ツイッターみて、ブログ見て、仕事のメール見て、飲みに行って友人としゃべって、恋人と眠る。抽象度と媒体、情報の粒度、リアルとヴァーチャル、それぞれの属性は違うけども、うまくペルソナを切り替えて柔軟に対応している。人間がシステムに合わせるわけです。確固たる個人など幻想に過ぎない。

後半、主人公の友人であるニムロッドというSF作家の小説の一部が唐突に挿入されるところからかなりおもしろかった。そしてメインテーマがひっじょ~~~に現在、
そして未来永劫にわたって人を悩ませ続ける重いものとなっております。
それは、ビットコインのシステムに代表される、自分を含めた大量の人間たちが支えるシステム、その変化を我々個人は何の抵抗もなく受け入れるしか術がないということ。
グーグルやamazonビッグデータ、巨大企業の買収劇、我々を包むシステムは加速度的に変化し続け、我々は対応するのに精いっぱいで、時には変化を理解できず、眺めることしかできない。そんな漠然とした不安を我々は常に感じている。
昔に比べてスピードが速すぎるんですよね。東京事変の「NIPPON」という曲の中に「ほんのついさっき考えていたことがもう古くて 少しも抑えてらんないの」という歌詞がありますが、特に年配の方はそう思うことが多いのでは。"
自らがレガシーとなり、影響力は限りなくゼロになる。自分の中に確固たる価値があるかといえば……無い。全く無い。年収の比較やブログでの自由人アピールなどはすべて悲鳴のように思える。
経済も政治もすべては一部の人間が生み出した幻想です。
それはユヴァル・ノア・ハラリっぽくなっちゃうけど、人類が合理化を繰り返すとおそらく神のような知性をもった、幻想を生み出すことのできる一部のエリートと、それに振り回されるその他大勢の大衆、きわめて無産階級に近い人たちに二分する。
システムに排除されたものである久保田は外資系金融でM&Aの案件を進めているがやりがいを感じられていない。主人公は顧客のシステム保守の傍ら、空いているサーバを使ってビットコインのマイニングに励む。
世界規模のシステム、プラットフォームの一部となり、活動をすることに我々は余儀なくされている。その点、ニムロッドは自分だけのバベルの塔、つまり誰にも見せない小説を書くという極めて個人的な行為を進めていく。
なぜか、主人公にはメールで送りつけるというよくわからないことをするんだけど。その誰にも見せない小説、というのが自らの唯一のオリジナル、自分が作ったバベルの塔であると。システムをささえるではなく、なにか自分で確固たるものを作り出そうよ、ってことでしょうね。


芥川賞という、レガシーシステムの代表みたいなものにのみこまれちゃったけどな!

 

 

 


それはさておいて、めちゃめちゃ面白かったところがあります。

面白いというのは個人的なツボで笑えるという意味です。ニムロッドとヒロインと主人公で初めて会話をするシーン。

以下引用

 

その時、ニムロッドは二十七歳で死ななかったロック・スターとして、トム・ヨークの話をした。
今にもこの世から退場しそうな彼は結局生き残り、近頃では念仏みたいな歌ばかり作っている。

 

おい怒られるぞ!!!急に実在する人の辛辣な悪口を書くなよwwww 多分この本を読まないだろうけど、だからって悪口言いたい放題言っていいわけじゃないぞ!しかも話とほぼ関係ないぞ!
確かに最近のアルバムは辛気臭くていつ聞いていいのかいまいちわからない退屈な曲ばっかだし、意識高いだけのダサい政治活動するし、ベジタリアンだし、ハゲてるし、ビョークに歌い方が気持ち悪いって言われてるし、バカにしたい気持ちはわかるけども!だからといってかわいそうだろ!いい加減にしろ!
twitterでトムヨークにチクってやろうかな… どんな反応するかな?…アイツ落ち込んだら面白いだろうな……これでまたロックっぽい曲作り始めたら上田岳弘恐るべし。ノエル・ギャラガーの生霊が憑依したのだろうか。
あーおもしろい。声出して笑いました。唐突に理不尽な悪口っておもしろいなー。これだから小説というなんでもありのメディアはたのしい。あー最高。なんかどうでもよくなっちゃった。

 

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

第160回芥川賞受賞 ニムロッド